同世代作家インタビュー Vol.2|佐治真理子 氏|鋳金作家

第二回目、東京を代表する同世代作家で、現代のライフスタイルに合わせたステンレス素材の茶釜や瓶掛けを制作されている、美術家・鋳金作家の佐治真理子(さじ まりこ)氏にお話をお聞きしました。ご自身も茶道を習われており、青年部でも活動されていらっしゃいます。

プロフィール

氏名:佐治 真理子 氏

職業:美術家・鋳金作家

佐治氏は、東京藝術大学で工芸・鋳金を学ばれた後、鋳金作家として、また各芸術大学の講師としても、活躍されています。現在は神奈川県横浜市の工房を拠点に、鋳金彫刻作品、茶道具、金属造形物の制作を行っており、ステンレスの銀色と独自のデザインスタイルで、茶室や茶に関わる空間に新しい感覚を取り入れて制作されています。

〈略歴・展示会・賞 等〉

1981 埼玉県生まれ
2004 東京藝術大学美術学部工芸科卒業
2006 東京藝術大学大学院鋳金専攻修了
2006~2015 東京藝術大学非常勤助手、講師
2010 カタカタチ展(藝大アートプラザ)
2011〜2012 三越×芸大「夏の芸術祭 −時代を担う若手作家展」(日本橋三越)
2012 器奏天回茶展(うおがし銘茶、築地新店)
2013 第62回神宮式年遷宮 御神宝白銅鏡の調整(制作メンバー)
2015 Art in the office CCC AWARDS 入選
2015 ~ 2019 長岡造形大学非常勤講師、跡見学園女子大学非常勤講師
2016 金沢世界工芸トリエンナーレ(金沢21世紀美術館) 
   JCDA 日本クラフト展(東京ミッドタウン・デザインハブ)
2017 個展 大邱ジュエリータウン (韓国 大邱)
2018 金属工芸展(金沢市立安江金箔工芸館)
   淡水翁賞優秀賞 展示(日本橋壺中居)
2019 茶と鋳物 展(ギャラリーhechi・東京)
   奇幻森林人形季 展(中国北京798芸術区)
   Metal &craft showcase(coredo室町テラス)
2021 国際工芸アワードとやま2020(富山県美術館)
   泉屋ビエンナーレ(泉屋博古館・京都)
現在 東京藝術大学工芸研究室 教育研究助手
   工房「コの字製作所」主宰

HP:https://www.m-saji.com/
Instagram:https://www.instagram.com/saji____m/

【注釈】青年部は50歳以下の裏千家茶道愛好者を会員とする我が国有数の青年文化団体です。関東第一ブロックはその一部です。
青年部HP:http://www.urasenke.or.jp/textc/tan/seinen/index.html

きっかけ

(インタビュアー)今日はお時間を頂きましてありがとうございます。まずは、なぜこの道に進もうと思われたのか、お聞かせください。

私の場合は、家業が美術系とかではなく、高校までは器械体操をずっとやっていました。高校は美術や体育など色々なものが学べて、様々な機会を与えてくれる学校でした。そのカリキュラムの一環で、金属造形・工芸の先生に出会い、その授業を選択したことがきっかけで、立体工芸に興味を持つことになりました。

もともと絵が好きなのは実感していましたが、それが例えば職業になったり、学ぶことに発展していくとは思っていませんでした。ただ、『工芸の先生』や『工芸の授業』が自分には合う、これは私がやりたいことだ、と感じるものがありました。進路に悩んだ時に、高校の工芸の先生から、芸術を本格的に学ぶという道があることを教えてもらい、美術の大学への進学を選びました。

(インタビュアー)器械体操から工芸とは大きな進路転換ですが、どのような難しさ、葛藤がありましたか?

大きなくくりでは、器械体操も工芸も自己表現の世界です。自分が表現したいものがあるという意味では、素材を使うか、自分の身体で表現するかという違いはもちろんありますが、本質的には全く異なるものではないと思っています。ただ、美術の方が自分を尊重される感じです。体育学科は叩き込まれるという感じですが、美術の方は自分で考えなさい、自分の言葉を持つことを大事にしなさい、という教育でした。

葛藤というかはわかりませんが、高校3年生までは器械体操一色だったので、引退後にいきなり美術の大学を受験するのはまた違う挑戦でした。受験前に美術系の予備校に通ってみたのですが、言語がわからない・理解できないところから始まったので、最初は本当に未知の世界でした。

さすがに現役の時は受かることはできなかったんですが、1年間浪人して勉強して、美術の世界を理解したというより、受験でどのように美術の学校に入るかは分かりました。ただ、大学に入ってから結構困りました。高校の時から美術系の高校や専門学校に行った人と、高校自体は体育学系の私とはやはり話が噛み合わないところがあったんです。予備校は美術の受験のための勉強だったので、美術や工芸自体を理解していなかったんですね。もちろんお茶もやっていませんでしたし。だから飛び込んだ時に、全く知らないものだらけという感じでした。

(インタビュアー)具体的にどういう時に違いや疑問などを感じたのでしょうか?

例えば、藝大に入学してからの最初の課題で、植物などの生命からイメージを受けて、素材も技術も自由でいいので何かを作る、という課題が出されました。一応作品を造り提出した後に、教授陣から「なぜこれを造りたいのか、この作品の意図はなんですか」といった質問をされたのですが、そういう質問に最初は答えられなかったんですね。「綺麗だから」、「美しいから」と答えられても、次に「じゃあなぜ美しいと思うのですが」と聞かれると、「美しいってなんだろう」、「美しいことはいいことなのか」とか、そういうことを考え始めてしまい、造れなくなると言いますか・・・最初は自分の言葉が出てこなかったのです。

自分がなぜそれを造りたいのかを考えるという点は、私には非常に新鮮に感じられましたが、美術の専門学校に通っていた学生は、それを考えてから造るんですよね。工芸は他の学科と違い、まず技術を習うところから始まるのですが、それでも作品を造る時には、「自分の意志はどこにあるのか」、「自分はどうしてそれを造りたいのか」を自分の中で常に考えながら造ってゆくのです。

(インタビュアー)ビジネスの世界だと、いかに再現性を高くするか、効率性を高めるかという論点が中心となりますが、美術の世界だと自分の表現や考え方を重視されるとのことで、なかなか職業にしていくのは続けていくのに覚悟はいるのかなと思うのですが、この道でいこうと決めた転機などはございますか?

美術系の大学で学んだことを直接仕事にする人は感覚としては1割程度かなと思います。制作だけでは食べていくのは厳しい状況で、教師をやっている人や、他に就職をしている人もいます。私も教師をやりながら、工房をもって制作していますが、私のやっている鋳造は継続がとても難しいジャンルです。きちんとした工房がないと、特に大きな作品の鋳造は続けられません。

美術系に進んだ人は、プロになるか・どう生計を立てるかを学生の頃からずっと悩んでいます。芸術大学の教育は、自己表現を確立して、それを売り出すことが一番という風潮があります。ただ、実際はそんな人は一握りで、続けている人というのは、必ずしもそういうパターンでなかったりするんですよね。

私の場合はどちらかというと、この仕事を絶対続けてやるという思いからというよりは、色々なきっかけやご縁が繋がってゆき、仕事が増えて工房が必要となり、工房を作ってそして職業となり・・・そして茶釜の仕事にもつながりました。

ターニングポイント

(インタビュアー)すばらしい流れですね。そのご縁の中で、茶道具を造ろうと思ったきっかけはなんでしょうか?

茶道を習っていたことがきっかけで、キャリアの途中から茶道具を造り始めました。茶道は大学4年生の時に藝大の同級生の清水部長(2022年時点の東京第七東青年部部長)に誘われたのがきっかけです。先生のところに顔を出しているうちに、これは自分にとって必要なものな気がすると思い、習い始めました。
茶道具を作るきっかけは、藝大で茶道茶碗を造られている陶芸家の田中隆史さんに誘われた、2014年の茶道具の展示でした。それ以前は、技術的にも難しい茶釜を造れるはずがないと思っていました。とはいえ、心のどこかで造ってみたいとは思っていたので、誘われたのをきっかけに造ることを決心しました。一番最初の作品は百花王(ひゃっかおう/牡丹の別名、下写真)です。絵柄を牡丹に限定してしまうと、季節が限定されてしまうので、唐花を散りばめました。こちらの作品は、私の茶道の師匠である池澤(宗陽)先生が購入してくださいました。

ステンレスに挑戦してみて、実際にできるまでは不安でしたが、使用されたり展示されているのをみて、こういうスタイルでもっと訴えかけることができる、と思いました。これまでは、茶道具の家系とは違うので、無理だろうという気持ちがありましたが、この作品がまさに第一歩でした。

こちらの百花王は、金沢世界工芸トリエンナーレで入選し、金沢21世紀美術館で展示もされました。

(インタビュアー)茶道具としての工芸と、藝大で学ばれた自己表現の方向性とは、少し異なるのかなとも思いましたが、いかがでしょうか?

そこは確かに違いますね。現在の日本の美術教育で主流なのは、西洋のアートの歴史にそった文脈です(美術では文脈という言い方をします)。ですので、その文脈を意識して制作する方が多いんですよね。それは、これまでお話しした自分の思いを表現する、いわゆるコンセプチュアルアートといわれるものなのですが、そういうものを意識しながら、工芸の技術と合わせていく感じです。

ですが、日本の工芸の発展の仕方は独特で、西洋のアートには含められていない・乗り切れていないのであれば、日本の独特の文脈を取り入れたほうがいいのではと思うことがあります。もちろん伝統工芸などのジャンルはありますが、美術教育と考え方は離れてしまっているように思います。

日本では茶道が工芸を発展させていった部分もあるので、茶道を知らないともったいないと感じることがあります。

工芸をやっている人は、茶道に関心はあるのですが、茶道を学んでいる人は少ないです。ですので、学んでいない作家が造った道具は、変に目立ったり、使いづらかったりしてしまいます。結局、導入部分で「わかっていない」と弾かれてしまい、発展するまで行かないのです。もちろん作家も茶道を学ぶべきなのですが、茶道をやってらっしゃる皆様も、温かい目で見守っていただけると嬉しいなと思います。

思い・志

(インタビュアー)茶道具とそれ以外の作品(人型の「さじ人形」シリーズなど)では何か違いはありますか?

茶道具とその他の作品(例えば人型の作品)では、造るスタンスが違います。

人型は先ほどお話しした美術大学で学んだことの流れで、今の自分が表現したいことを、その人型にのせて発表するという風な感じで、自己表現の作品として、2008年くらいから造り始めていました。

一方で茶道具のほうは、自己表現だけで造ってはいません。歴史や、周りの作家さんとコラボレーションできるのに面白さを感じています。道具の面白さとか、歴史が繋いできたものとか、自分個人でできない空気感があるのが素晴らしいと思い、2014年から釜を造り始めて7年くらいたちます。

茶道具の場合、造るのは自分自身なのですが、自分のみの作品というよりも調和された作品という感じです。例えば、茶室の中に、お茶釜が据えられていて、お湯が沸いて松風が聴こえてくる、そういう空間が素晴らしく、それこそが芸術という感じですね。その空間だって、誰かが作り脈々と伝えてきたものであって、その価値を自分の中に取り入れて表現して茶道具を造ることで、後輩や若手の工芸家に知ってほしいという思いがあります。

(インタビュアー)作品を作る際に、何を心がけているのでしょうか。茶道具とそれ以外の作品(人型の「さじ人形」シリーズなど)では何か違いはありますか?

伝統的な茶釜の佇まいや雰囲気がとてもいいと思っています。ですので、それをステンレスで造るというのは、私の中では大変な挑戦です。元々茶釜は、本来のイメージを外すような形や色はそんなに選べないので、そこに一石を投じるという意味で、歴史のある道具に技術を学びながら、あえてステンレスで挑戦しています。

そもそもステンレスは従来の釜と色が違います。鉄が主成分ですが、そこに添加物を与えて錆びにくくしたものがステンレスです。鉄の茶釜は表面に着色をしていますが、ステンレスは金属そのままの素材の色を見せられるというのが魅力であると思っています。ただ他の道具と合わせづらい部分もありますし、その銀色にあう造形、他の道具との組み合わせとせめぎ合いです。そのバランスをとりながら、主役になれる茶釜を表現しようとしたのが始まりです。

一般のステンレスのイメージは、台所などにあるピカピカに磨かれたもののイメージが強いと思いますが、鋳造して一番最初にでてくるものは非常にマットな状態なんです。仕上げの工程で磨きを加えるのですが、それをどこまで磨くのか、その調整をすごく自分の中で気をつけています。全体の空気感とあわせて、鋳肌(いはだ)=鋳造したばかりの肌を大事にするにはどうしたらいいのか、を考えながらやっていますね。あまり磨きすぎるとピカピカの硬い印象になってしまい、難しいのです。

鍛金でも茶釜を作る方はいらっしゃいますが、柔らかい肌感がでるのが鋳造の魅力です。比重は鉄と全く一緒で、より軽くするには技術が必要です。私の場合は花入や蓋置き、普段の作品などは鋳造まで全てを自分の工房で行っていますが、ステンレス鋳造は温度が高いので専門の工場に出します。そのため、薄さを追求するのは少し難しくなります。

また造形という意味でも鉄とは異なります。伝統的な茶釜は土の惣型(そうがた)という型をつかいますが、ステンレスはセラミック鋳造です。ステンレスは一般金属よりも鋳造の温度が高く、1,500℃以上となるので基本的に工場でしかできない難しい方法です。高周波炉という炉を使った現代の技術を使っているんです。私の場合はロストワックスのセラミック鋳造を使ってます。このワックスで造るものはなんでも形にできるので、細かい造形もできます。惣型や引型だと回転型でないとできませんが、私のやっている技法だと変形型も造ることができます。素材の原型を選べるという意味では自由度が高いです。

全体の工程としては、デザインをして原型を造って1ヶ月、その後鋳造に出して戻ってきた後に2週間程度かけて磨きなどの表面処理を行います。造形の細かさによって変わってきますが、一つの作品を造るのに全体で少なくても2ヶ月はかかります。

デザインのテーマは、その時々で違いますが、こんなものを造ってみようと、自分の中でテーマをきめてから想像を膨らませていきます。例えば、百花王(左)は、華やかなものを造ろうと、華を象徴的にしたデザインにしました。星月夜(右)は、茶室の障子からスッと光が入ってきた時に、ステンレスの釜の磨いた部分に光がさして星のようにキラキラとする視覚効果を入れたいという思いで造りました。

今後は、新たな作品を造っていきながら、色々な人、作品とコラボレーションをして、歴史を踏まえながら現代のお茶のスタイルを発信して行きたいです。

(インタビュアー)ステンレス茶釜にはどういうニーズが多いですか?

一番購入してくださる率が高いのは茶道の先生です。先生方は、錆びにくさなどの利便性より、やはり色とか造形の珍しさを評価してくださり、作品として買ってくださる方が多いです。
一方、お抹茶屋さんで海外に展開されている方から、海外の人はお釜の扱いができないがステンレスなら錆びにくい、という理由で購入される方もいます。また、特殊な加工をすればIHでも使えるので、将来的には、マンションで気軽に抹茶ができますよ、という形でも売り出していきたいと思っています。

青年部の皆に伝えたいこと

(インタビュアー)使い手として、またある時は鑑賞する者として、青年部のメンバーに期待することがあれば、お聞かせいただけますか。

青年部の茶道が好きな方々と話すと、茶道具を造っていて良かったなと思います。みなさんが興味を持って色々と話を聞いてくださって、こちらの思いが伝わり、またそれを外部に発信していただけるような、このようなふれあいの機会が増えればいいと思います。

(インタビュアー)お茶人口を増やすためには、またお茶を盛り上げるためには、どうしたらよいとお考えですか?

私個人では後輩をお茶会につれていく機会を作っていますが、一般的には工芸で茶道をやっている人は少ないですし、触れる機会が少ないと感じています。また、いきなりハードルが高いと難しく、茶道をやっている人とやっていない人の間で距離を感じます。工芸の作り手には茶道に興味がある人も多くいるので、気軽にお茶を体験できる場があるといいのではと思います。また、わかりやすい・入りやすい媒体があれば、紹介しやすいとも思います。

(インタビュアー)将来的には、茶道具の枠を越えた活動をお考えでしょうか。

今は具体的には考えておりません。自分なりの表現というものを、お茶道具としてではなく、自分の作品として表現するというのはやっておりますが、自分としては、そういった自分の作品で作ったものを、新しいお茶の道具にフィードバックさせていくためにやっていることであり、茶道具以外のものを作ろうと具体的に意識して現時点ではやっておりません。

青年部向けの活動実績(一部抜粋)

  • 2019年ブロックコンファレンスにて「お水とお茶の飲み比べ 」講義の中で茶釜についてお話をしました。
  • 関東第一ブロックが出演の2021オリンピック・パラリンピックに際したオンライン・スペシャルサイトの茶道の動画内、茶席の設えの中でステンレスの釜を使っていただいています。
  • 東京藝大in銀茶会(銀座の秋のイベント)で、藝大が茶道具の提供をして青年部の皆様に茶席を開催いただいております。

取材を担当した広報メンバー